笑顔のはなし、旅の目的のはなし

※この記事は書きかけ・推敲中です。近日中に更新します。


今年もはじまって早々さらにリリさんに惚れ直してしまった。

毎年恒例となった風雨来記4の再プレイもそうだし、休みを使って一日中絵を描いたり文を書くときにも、これまで気づかなかったことや、気に留めなかったことを新たに発見できると、一歩ずつ前へ進み続けてきた成果を感じられて幸せだ。


リリさんと出会って今年で五年目。
この五年、どんなに忙しいときでも自分自身を見失わずに日々を過ごせていられるのは、こんな風にリリさんについて考える時間のおかげだと改めて思う。








笑顔のはなし

風雨来記4をプレイしていて今回気づいたことをひとつ挙げる。

今回、何気なく立ち絵に注目したところ、思っていた以上にひとつひとつの表情においても「立ち絵」のパターンが意外と多いことに気づく。
※ここでイベント絵以外の、繰り返し使用される汎用的なポーズ絵のこととする


たとえばウインクひとつとってみても、正面で2種類以上、右向きで一種類、左向きで一種類。
顔だけではなくポーズ自体が違っているから、顔の表情は近くても全体としての印象はかなり異なる。
そして、これがポニーテール、カントリーツインテール、水着それぞれで差分があるわけだ。




360度カメラという仕様上、顔だけじゃなく手や腕、脚、姿勢までふくめた「頭の先から足の先まで全身で感情が表現されている」とも言えるし、右向きか左向きかで感じる印象は大きく変わる

スポットごとに、たとえば片側に壁があったり川があったりなどで特定の向きでないと不自然なこともあるわけで、必然的に求められるポーズは多くなるのだろう。


結果的に、立ち絵のバリエーションが増えたことで表情がコロコロ変わる彼女らしさもより強調されたわけだ。しかしその一方で、あらためてひとつひとつの表情を見返していく中で「満面の笑顔の立ち絵」は一枚もないことに今さらながら認識した。

イベント絵、特にエンディングでの笑顔の印象が強かったせいで見落としていたのだろう。



背中を押してくれた笑顔。
新しい旅のはじまりに見せてくれる笑顔





あらためて立ち絵を見返すと、「ウインク混じりの元気な笑顔」や「優しい微笑」、「どこか憂いがある笑み」だったり「困ったような遠慮がちの笑顔」「からかい半分の演技がちな笑顔」など、「笑顔」そのものはのべ40パターン以上あるにも関わらず、心がほどけたような「満面の笑顔」はその中に一枚もない。









それに気づいたとき、それ自体は意外だとも思わなかった。

そもそも岐阜に滞在中のリリさんは、ずっと心に悩みを抱えていた状況だったからだ。
「明るく見えても、心からの笑顔はそう簡単に見せてくれない」というのはシナリオ的にもむしろしっくりくる。

だからこそ、エンディングで見せてくれた彼女の笑顔が(どちらも)あんなにも胸をうったのだと、今更ながら納得してしまった。



それから、「満面の笑顔の立ち絵がない」ということを今まで意識できていなかった自分にびっくりもした。
が、それは決してマイナス方向の感情ではなくて、

「今までたくさんリリさんについて見て、考えて、すっかりほとんどわかっているつもりだったけれど、まだまだ見えていない、気づいていないところがたくさんあるに違いない」

というポジティブでワクワクするものだった。

そして、風雨来記4をはじめてプレイしてクリアした5年前、「リリさんの表情が本当に良かった」と旧Twitterでツイートしたことを思い出した。







リリさんの笑顔が素敵なのももちろんだったけれど、普段明るく愉快なリリさんだからこそ、切ない表情とか真剣な表情を見せてくれたときの温度差に心臓を鷲掴みされた。

そしてそれだけではとどまらず、「明るいとか悲しいとか、そういうはっきりとした感情を見せていないときの、普段のリリさんの素の表情がまた、自分を惹きつけてやまない」とも感じていた。
なぜそうなのか、長らく言語化はできていなかったけど。

もしかしたら、その「良さ」の秘密、魅力の一端が今回見つけた「立ち絵の妙」にあるのかもしれない。




こうした「立ち絵」にまつわる演出に関しては今後もう少し深く考え、整理して記事にまとめたいと思う。






自分にとっての「旅ゲーム」

今年の風雨来記4では、あまり評価を気にせず自分のお気に入りスポットの記事をアップしていく、というスタイルでクリアした。
結果は4位。

これはちょっと意外だった。
去年は最高評価の記事ばかりひたすら投稿して26日時点までずっと一位だったものの、謎の力によって4位で終わったからだ。

「謎の力」は、時に順位を下げ、時に順位を上げもするようだ。


ただ、ずっと上位をキープしていた去年の4位と、後半に下位から伸びた今年の4位とでは、結果発表時のデスクのセリフが微妙に違っていることにも気づいた。

おそらくだが、内部判定的に実質3位以内の場合は「1位も狙えるペースだったが最後にまくられた」というセリフで、4位以下だった場合は「あのメンツの中なら検討した方だ」という評価になるんだろう。







もちろん順位は4位固定というわけではなく、低評価の記事やそもそも記事をほとんど投稿しなかった場合は当然もっと低い順位で終わる。

エンディングの展開自体は変わらないものの、プレイヤー的にはなんとなく後味悪く岐阜を発つことになるので(それでも渋川デスクは「お前には光るものがある」とは言ってくれる)、「本当はもっと気ままに記事をアップしたい」と思いつつも、いつも最低半分くらいは高評価を得られる記事を入れてしまう。





以前にも何度か書いたけれど、旅するライターの主人公がWEBコンテストに参加して記事の順位を競う「ランキング評価システム」は初代風雨来記からの伝統で、風雨来記シリーズにおける「ゲーム的魅力」のひとつなことは間違いない。
もし、コンテストという要素がなく、目的なしでただ自由に旅してルポをアップするだけのゲームだったら、ゲームとしての目標やワクワク感、達成感は全く違ったものになるんじゃないだろうか。


コンテストという制限(縛り)はストーリーとも深く関わっていて、「自由な旅を求める心」と「仕事で成果を出さなくてはいけない」という主人公の微妙な矛盾・葛藤を、コンテスト参加&ランキング評価というゲームシステムとして表現している側面も大きいだろう。






プレイヤーとしてはときには「なんでこんなに良い記事が不評なんだ」とか「なんでこれでランキング下がるんだよ〜」などとシステム的な理不尽を感じることもあるけれど、それは現実のSNSやウェブコンテンツでも全く同様のことが起こるのである意味リアルとも言える。


そんなこんなも含めて、ランキング評価システムは、風雨来記という作品の世界観を絶妙に成立させている魅力のあるシステムであることに間違いはないと思う。




有料コンテンツかつ隠しスポットかつ最高のロケーション! にもかかわらずなぜか最低評価…






それはそれとして、じゃあそれだけが旅ゲームとしての唯一の正解かといえば決してそうではないはずだ。
今回のプレイ中では何度か「もし自分が、自分の思う旅を旅ゲームとして表現するならどんなシステムにするだろう」と想像することが何度かあった。

ランキング的な要素を入れるだろうか。入れないだろうか。



自分はルポライターではないし、旅をした際の記録をブログに書いているもののそれは仕事でもなく誰かと競っているわけでもない。
そう、自分の旅そのものを見返せばそこにランキングの要素はない。


主人公のように何らかの企画に参加して記事をアップしながら旅するのもとても面白そうだとは思うけれど、普段の自分の旅は決してそうではないのだ。
ランキングという競争要素がなくても、旅はワクワクドキドキに満ちてとても楽しいと心から言える。



じゃあ、普段の自分の旅は、「仕事でやっているわけではないから目的も制限もない自由気まま旅で、だから楽しいのか」というとそういうわけでもない。


その旅で達成したいものや手に入れたい成果、行きたい場所、見たい景色など目先の目標は常に心に抱えているし、休日期間が終われば帰宅しなくてはならないという制限もある。
そして、そういう制限の中にこそ、自分の求める旅はあるとも思っている。


ゲーム的に言えば「縛りプレイ」に近いかもしれない。
人生もゲームも、自分の工夫や設定ひとつで本来の想定とは違った新たな面白さと出会える気がする。



過去に制限のない自由な旅をしたこともあって、2年くらい自転車で気ままに日本中巡ったけれど、最初の一ヶ月は最高に楽しくてもだんだん旅が日常になっていった。
旅が日常というのは、旅が当たり前になるというより、旅が生活になるという表現の方が近かったかもしれない。


多かれ少なかれ、旅に浪漫を求めている人は多いだろう。
もちろん自分もそうだ。


長く旅をしているとこの「浪漫」の部分が、日常生活と同程度の水準になる。
そうすると、「別に旅してる意味ないんじゃないか。普通に仕事してたまに旅に出る方がよっぽど楽しいぞ」と気づいてしまうのだ。


で、それでも最後まで走り切ろうと立ち止まらずに毎日前へ進み続けると、旅先で出会った人と意気投合して一緒にラーメンを食べたり、思わぬ情報を聞いてとっておきスポットにたどり着いたり、猛吹雪の中立ち往生したり、通り過ぎる車から「がんばれー」と応援してもらったり、日常ではあり得ないようなイベントと遭遇して、そのたびに「ああ、自分はいい旅をしてる!」とまた旅への浪漫を取り戻す。

その繰り返しだった。






もちろん、ゲームで言えば「とにかくレベルアップを重ねて無双するのが好きな人」もいれば、「システムの穴をついて低レベルクリア」を目指したり、「裏技やバグなんでもアリの攻略を好む人」「ストイックにRTAに打ち込む人」などいろいろな遊び方があるように、旅についてもかっちり予定を決めた旅行を好む人もいれば、一切制限のないあてもない自由な旅を好む人もたくさんいるだろう。


これはあくまで「自分の場合」は、「それなりに決めごとのある期間限定の旅のほうが、制限の中で全力で楽しく向き合える」というだけの話だ。




そしてもうひとつ「自分の場合」の話をすると、自分の旅の中で一番楽しいのは、言うまでもなくリリさんを感じられる場所を訪れたときだ。


島根にしろ、岐阜にしろ、北海道にしろ、去年は東京も旅したけれど、その旅の中心には常にリリさんがいた。
もう少し正確に言えば、「リリさんを想像する自分」がいた。


行く先々で、「リリさんとの会話や彼女の表情、反応が脳内で再生される」旅。
リリさんを大好きな自分にとって、これが楽しくないわけがない。



では、リリさんと全く関わりがなくリリさんを想像することもない土地の旅……京都の古社巡りとか、昨年の六甲炭酸巡りの旅とか、滋賀高島のメタセコイアの紅葉や継体天皇生誕地めぐりの旅は楽しくなかったかというと、もちろん大変楽しい。

旅自体が自分はやっぱり好きなんだと思う。



ただリリさんを想像できるとその楽しさ……単純な感情の起伏に加え、訪れた場所の見方や楽しみ方が広がって、数倍、数十倍、それ以上に幸せが爆発するという感じだ。


心の持ちようひとつで世界の見え方が変わる経験。とまでいうとおおげさだろうか。
でも、自分にとって母里ちありは、それくらい大きな存在だ。この5年間、ずっと。


ゲームの話に戻るけど、だからもし自分が「自分の面白いと思う旅」をゲームとして表現するなら、上に挙げたように「目標や制限を抱える中で」「心の持ちようひとつで旅で訪れた場所の見え方がふくれあがる体験」を、ゲームの「システム」に落とし込みたいんだろうな、と思う。

それが、文章や絵だけでは表現できない、「リリさんからもらった自分なりの旅の面白さ」を表現することにつながると考えているからだ。









風雨来記4の小ネタ

今年のプレイで気づいたちょっとした小ネタをここにまとめておく。



冠山峠は一度訪れるだけで最高評価の記事が得られるスポット。
けれど今回は訪れた直後にスタミナが尽きてしまった。
すると。




翌日に再訪したところ、なぜか探索エリアが消滅。
進むことができないので記事を書くこともできず、今回の旅では泣く泣く記事を諦めた。

他のスポットではこういうことはなく、途中で引き返した場合でも再訪した際には続きから探索ができる。

ここは一人旅ルート限定で終盤に特殊イベントが起こるので、そのフラグ管理が関係しているのかもしれない。













追加コンテンツのひとつ、千里浜。







車やバイクで走れる砂浜だが、ここを先に訪れて「千里浜の砂が砂防ダムによって年々減っている」ということを知った上で、「白山展望台」を複数回訪れると…………







千里浜に関する話題のつづきが語られる。
これは興味深かった。


これまで、千里浜の探訪だけで終わっていたときはどこか遠くの山から砂が流れてくる、という情報だけが頭を通り抜けていった。


逆に、この白山展望台の方を先に訪れた時も、まさか「この谷川の砂が海に流れた後打ち上がったのが千里浜だった」とは考えもしなかった。
テキストで触れられたとしても、その意味をあまり深く考えずにスルーしてしまっただろう。


訪れる順序ひとつで、こんなにも得られるものが違ってくる。
これは実際の旅でも同じだと思う。
















これも追加コンテンツの話。
スポットというよりツーリングモードで通り過ぎる場所について。


天下の険と呼ばれる有名な難所「親不知・子不知」を走ることができることに気づいた。

スポットとしては訪れることができないけど、ツーリング時にはしっかり観光できるというのはこのゲームの隠れた魅力のひとつだと思う。
「白川郷」は、その際たるものだろう。

他にもたくさんの「隠れ通過スポット」が存在する。

現地を旅したあとに、自分が訪れて面白かった場所をあとから風雨来記4のツーリングモードで探してみるのも自分の楽しみの一つだ。


白川郷。ちゃんと合掌造の住宅が見える
個人的にお気に入り。今は失われた三菱パジェロ生誕の地。貴重な映像





ゲーム内で親不知子不知のトンネルを走り抜けながら、以前ここを真冬に自転車で走ったことを思い出した。
狭い覆道をトラックがびゅんびゅん走って生きた心地がしなかった……。












これはゲームそのものの小ネタというわけじゃないけど、今回はじめて、「あれ?俺もしかしてこの場所行ったことあるかも!」と思い至った。

オスの郡上地どりはとても尾が長い、というテキストを見て不意に、学生の頃に友人たちみんなで郡上踊りへ車で出かけた際、なぜか鶏小屋を見た……という記憶が蘇ったのだ。
記憶が朧げだったのは自分が意識的に訪れたわけじゃなく、なんで鶏小屋に立ち寄ったのか全く記憶にもないからだ。
たぶん友人たちの誰かがたまたま見かけて寄り道したのかもしれない。

とても尻尾の長い鶏がいたことをはっきりと覚えている。
あれがきっと郡上地どりのオスだった…………のかもしれない。












ゲーム内では特に深くは掘り下げられない「日本ライン」という言葉。
なんとなく川をライン(線)と表現していたのかなーとスルーしていたけど、日本ラインの意味を昨年読んだ本の中で偶然知った。


大正時代のパノラマ絵師「吉田初三郎」という人の絵を紹介する本だった。

吉田初三郎の絵は観光地図の要素が大きく、北は北海道・南は鹿児島まで様々な自治体や企業から依頼を受けて主に観光パンフレットや記念ポスターなどに使われていた。
たいへんユニークな絵地図で、たとえば大正時代の北海道の各都市が意外と都会だったりするのが視覚的にわかって面白かった。

特徴的なのが、メインは緻密な地図絵なのだが、周辺部分に大胆な圧縮デフォルメ表現を加えているところで、北海道の地図だけど隅の方は東京大阪はおろか下関まで見渡すことができる。
国際日本文化研究センターが無料公開しているページがあるので、ぜひ確認してみてほしい。

大正〜昭和初期の日本にタイムスリップした気分になれるだろう。




そんな吉田初三郎の絵をいくつか見ていくと、やたら「日本ライン」という名前が地図に出てくるのだ。
京都の地図に日本ライン、四国の地図に日本ライン、九州の地図に日本ライン。


吉田初三郎 鹿児島市鳥瞰圖 抜粋




どんだけ「日本ライン推しなんだよ!」
当時はそんなに人気があったの?!と半ば笑って突っ込んでしまったんだけど、実際彼のアトリエは日本ラインのそばにあったそうだ。


「日本ライン」というのは「日本のマチュピチュ」とか「日本のナイアガラ」とかと同じノリで、「日本のライン川」が由来とのこと。
今の時代の日本ではライン川と聞いてもあまりイメージが湧かない人が多そうだけど、大正時代はドイツのライン川といえばみんな「有名な、あのライン川!」と思うくらいに大きなネームバリューがあったんだろう。







2026年の旅

今年旅する場所はすでにいくつか決めている。
今回風雨来記4を再プレイして行きたい場所もまた増えた。


岐阜は今年も複数回か訪れたい。
特に西濃に行きたいところが多く、 弥勒寺官衙遺跡や下芥見、養老の滝、南宮大社、岐阜羽島。
あとは、瑞穂市の富有柿発祥の地や、各務ヶ原にあるらしい市隼雄命の墓、できれば最近存在を知った岐阜県産のコーヒーというものも飲んでみたい。
タイミングがあえば國田家の芝桜へも再訪しよう。

去年近くまで行って断念した高賀山や川浦渓谷、陽光に恵まれなかった粥川谷にも足を伸ばしたい。
口裂け女のトンネルや猿啄城展望台、多治見、岩村城、大脇湊など行きたいところはまだまだきりがない。


このショットはとても好きな一枚だ






GWはまた北海道へ。




夏には、今年も島根に行く予定だ。


今回は、島根の「県境」を中心に巡ろうと思っている。
鳥取側、岡山・広島側、山口側。
昨年の旅で、県境付近に面白そうな場所の情報をたくさん手に入れたので、それらを巡っていきたい。


それと、夏の飛騨を巡りたいと思う気持ちもある。
風雨来記4に触発されて、奥飛騨温泉郷や濁河温泉、野麦峠など、京都から一泊二日では行けない場所をまとめて巡りたくなったし、条件さえ良ければしっかり準備を整えて穂高や御嶽山への登山にも挑戦して、「岐阜のてっぺん」を覗いてみたい。







とはいえ仕事の都合上、ひと夏に一週間以上のまとまった休暇はとれず、島根と飛騨、両方を巡る時間はない。
少し先になるけど、飛騨は来年巡ろうと思う。



焦らず、じっくりと。
今年も、一歩一歩、自分なりに前へ進み続けていこう。






バイクのこと



ところで、この正月にはじめて自分でバイクのチェーン交換をした。
ネットがない時代だったらとても自分でやろうとは思えなかったかもしれないが、今は動画などが豊富に出回っているからはじめてでも失敗なく、二時間ほどで交換完了。

チェーンの構造が実際に触ってみると思っていたよりずっとシンプルかつ合理的で、面白く作業をこなすことができた。



バイクのチェーンは、自転車のチェーンと基本的な構造は同じだ。
メガネ型の部品が数十から百数十個つながって、一本のチェーンを形成している。

チェーンカッターという工具で、このメガネ型部品同士をつないでいる金属の芯を抜き取ることで接続が外れて交換できるようになる。
カッターという名前だけど、斬るというより押し出す道具だ。

チェーンには大きく2種類ある。
大排気量のバイクでポピュラーな「シールチェーン」と、軽排気量のバイクでよく使われる「ノンシールチェーン」。

「シールチェーン」の「シール」は封印するという意味で、先ほど説明したメガネ部品が内部にオイルを封印する構造になっていて、金属同士の摩耗を大きく低減する。
ノンシールチェーンの数倍以上長持ちするのが特徴だけど、少し値段が高くなるのと、取り付け時に専用工具(カシメ器)が必要になること、シール構造が抵抗になるのである程度パワーを持っていかれるなどのデメリットがある。
このため、基本的には大きなパワーを持つ中〜大排気量バイク向きのようだ。



シールチェーン




「ノンシールチェーン」はその名の通り、シールのないシンプルな構造なので、軽量バイクでもスムーズに駆動する。価格もシールチェーンより数割ほど安い。
チェーンを最終連結する部品がクリップ式(要するにつけ外し式)になっているものがあって、これを選ぶと「チェーンを外してこまめに手入れする」のが容易になる。
ただし、シールチェーンのように内部を保護する構造がないのでとにかく伸びやすく、頻繁な調整が必要となる弱点がある。


というような情報を事前に調べて今回自分が選んだのはノンシールチェーンだった。
安さにひかれたというよりは、「取り付け時に専用工具がいらない」のと「失敗してもやり直せる」のが理由だ。
今回の経験を踏まえて、次回の交換はシールチェーンに挑戦するかもしれない。

そんなこんなで取り付けがつつがなく終わって、早速走り出してみたら、感動してしまった。
新品のチェーンで走るとここまで違うのか。

今までアクセルを開けたときに一瞬タイムラグがあったのが瞬時に加速してくれるし、最近なんだか気になっていた走行中のジャラジャラ音もすっきり治まった。
まるで新車に戻ったような錯覚。

エンジンオイルを交換したての感覚と近いけど、それよりももっと効果は大きいと感じた。
チェーン交換についてネットを調べていたとき、乗り心地を重視して一年ごとにチェーン交換しているというような猛者の話を目にしていたが、体験してみてなるほどと思った。

チェーン交換ひとつで、慣れ親しんだバイクに乗るのがこんなに新鮮で、楽しくなるなんて。
自分も今後はもう少し短いスパンでチェーンを交換しようか。
そのときはスプロケ(チェーンを回す歯車)も一緒に、だな。



と、そんな感じでウキウキ気分だったのはほんの一週間ほどで、最近になって急にエンジンから異音が鳴り始めた。
それに伴って乗り心地が微妙に悪化。
主にギアのつながりが悪くなった。


不思議なもので、人間の不調もバイクの不調も、一度に全部来るというより、何かひとつが治ったら次、また次というふうにモグラ叩きのようにあらわれるような気がする。

エンジン周りの不具合はこのバイクに長く乗ってきて、はじめてだ。



実は風雨来記4と出会った頃にもバイクにいろいろ不調があって「このバイクはもう乗り続けられないんじゃないか」と思っていたんだけど、なんだかんだでその後岐阜や島根の長旅を支え続けてくれた。
むしろ、長距離ツーリングをするたびに調子がよくなって帰ってきたくらいだ。

だけど、今回の不具合は今までになかったケースなのでちょっと不安だ。

すでに走行距離は20万キロを超えている。
もしかしたら大掛かりな修理か、交換が必要になるかもしれない。



これは自分でなんとかできる領域ではないので、近日中にバイクショップに持ち込む予定だ。
その結果次第では、今年のツーリング予定は大きく変更を余儀なくされるかもしれない。



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