どこかで出会ったら【風雨来記4】

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風雨来記4・母里ちあり編微ネタバレ


一ヶ月に満たない岐阜の旅。
彼女達はスタート地点も、巡るルートもそれぞれ交わらないものだったけど、意外とどこかの旅館とか観光地で、知り合ったりすれ違ったり、しているかも?
たとえば、10日目前後の郡上八幡あたりとか……



間違うことなく見分けられる身体的特徴を持ってるふたりだから、知り合ったとしたらきっと取り繕ったりする気苦労もないだろうなぁ。


彼女視点




人間の認識って、不思議ですね。

実は、大多数の人間が、自分の親兄弟の顔ですらなんとなくでしか覚えていません

え、そんなはずはないと思われるでしょうが、たとえば写真で自分の親の顔を見ればすぐにそれが親であることが分かるとしても、何も見ずに親の顔を「描いて」みようとするとほとんどの人は途方にくれると思います。

あらためて考えるとどういう顔だっけ、と。

絵じゃなくて、文字で具体的な特徴を細かく挙げることさえ難しいのではないでしょうか。
つまるところ人は、他人の顔の細部を見て覚えて見分けているのではなく、顔や体全体をぱっと俯瞰して、

「だいたいなんとなくこんな感じ」

と総合的に判断し、個人を識別しているということになります。

そんなアバウトで複雑な処理なため、この識別を生まれながら苦手とする人は決して少なくなくて、百人中三人とも、五人とも言われているそうです。




余談。

以前書いたように、イラストを勉強し始めたんですが、色んな本や講座でもっとも重要なこととして必ずと言ってよいほど挙げられるのが「観察力」です。
デッサンや模写などの絵の訓練の神髄は、対象をとにかくよく見て、細分化して、考えて、言語化して――「観察力」を磨くことと言います。


自分がこれまでいかに、見ている「つもり」で終わっていたかということを思い知らされました。
たとえば自分の手や足ですら、あらためて観察すると新鮮でした。

自分の手の人差し指より薬指の方が長いことも、足の親指よりひとさし指の方が長いことも知らなかった。これまでの人生で、数え切れないほど見てきたはずなのに。
不思議ですね。



絵の上達のために始めた見る習慣ですが、見慣れた通勤風景にも無限に発見があって、とても面白いです。
たぶんこの姿勢ってもっと自然に身につけることができたら、旅を面白くしてくれる大きな要素にも繋がるんじゃないかな、と今ひそかに思っていたりします。

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