今年の夏も、約9日間島根県とその周辺地域を旅してきた。
まずは撮った写真の一部を、時系列順にダイジェストで載せておく。























































































今回も旅に出る前は名前も存在さえ知らなかったワクワクするスポットとたくさん巡り遭うことができた。
・
・
・
総走行距離はバイクのメーター読みで約2000キロ。
加えて徒歩で50キロ以上を歩き、島根最高峰の恐羅漢山を含めて二ヶ所ほど山も登ってと、今回はこれまでの島根旅の中でいちばんたくさんの距離を移動した旅となった。


昨年末あたりからチェーンや前後スプロケット、タイヤ、プラグ、ブレーキ、クラッチなどコツコツと自分で整備交換をしてきた甲斐あってか、バイクの調子はかなり良かった。
以前まで雨が降るとエンジンが止まりそうなくらい不安定だったのがすこぶる好調になったし、これまでリッターあたり25キロくらいだった燃費も、30キロを超えるくらいまで延びた。
35年前に生産された250ccクラスということを考えれば、なかなか高水準の燃費と言えるんじゃないだろうか。10年前に乗り始めた頃より今の方が燃費がいいくらいだ。
道中、電気系のトラブルで突然エンジンがかからなくなるというトラブル(メインヒューズの接触不良だった。ヒューズを挿し直すだけで改善)もあったけれど、総合的には大きな問題もなく楽しく走り切ることができた。
人間の方の体調もバッチリ。
途中、登山の際にてのひらを軽く怪我したくらいで、ずっと快調だった。
一方天候に関しては、遠く離れた太平洋上に複数の台風が発生していた影響か常に不安定で、ほぼ毎日どこかしらで雨に遭った。
最終日に至っては数時間にわたって土砂降りの中京都まで帰るはめになり、雨具を貫通して全身ずぶ濡れ。
8月というのに寒さに震え、上着をごっぽり着込んでの帰宅となった。
・
・
・
ところで、この旅ではひとつ大きな「誤算」があり、これが最初から最後まで頭に引っかかる課題となった。
その誤算とは「島根をもっと巡りたい!」という自分自身の気持ちの大きさだ。
出発前のブログにも書いたが今回は「島根周辺の気になるところ」を積極的に巡る予定をたてた。
広島の「三次」、山口の「宇部」や「角島」や「秋吉台」、そして鳥取の「母塚山」や「投げ入れ堂」など、以前から気になっていたり、出会った人から情報を聞いて面白そうだったり、二次創作を書く際の取材だったり————島根周辺に行ってみたいところが増えていたため、風雨来記4のDLCのように「ちょっと足を伸ばして」巡ってみようと考えていたわけだ。
けれど結果的に、その比重が想定以上に大きくなってしまい、日程のうち三分の一超(=上に載せた写真のうち三分の一超)が「島根外」になってしまった。
そうなった理由のひとつに「距離の問題」がある。
京都から本州のほぼ最西端に位置する山口県の角島までは500〜600キロほどあって、単純に走行する時間がこれまでより多い。
ただ走るだけでも往復2日。
さらに、走る距離に比例して「寄り道」も増えた。
「かっぱの住む池」とか「山間のひまわり畑」とか「中国地方では珍しい湿原」とか————
アンテナに引っかかる、興味が惹かれる情報をみたり聞いたりするたびに寄り道が重なって、あっという間に時間が過ぎていった。
それの何が悪いのかと言えば、「本来なら」悪いことなんてない。
「場所との出会い」も旅の醍醐味だ。
だから、予期せぬ寄り道もむしろ歓迎すべきことであって、嬉しい誤算と考えるのがいつもの自分だった。
けれど、「今回は」予定の狂いに関して旅の2日目あたりからずっと、ネガティブな感情が湧き上がっていた。
その理由について旅の間自問自答して、すでにはっきりとした答えが出ている。
とてもシンプルなことだ。
自分は、自分が思っていた以上に、島根が大好きになっていたようだ。
だから限られた日程の中、一日でも多く、一箇所でも多く「島根を」旅したい。
その気持ちが自分でも意外なほど大きかった。
「ちょっと足を伸ばし」た結果、島根県内を巡るための時間が足りず、「ここやあそこはまた来年来よう」と探訪をあきらめる箇所が多くなってしまった。
過去の三年間の旅はいつも「めいっぱい巡りきった!」と満腹になって終えた記憶があるけれど、今年は「もっと島根を旅したかった!まだまだ旅しきれてない!来年も絶対に来る!」という思いを抱きながら、島根を後にすることとなった。
・
・
・
誤算はあったけれども、見方を考えれば――――島根県をこれまでほぼ三周して、地域によっては五回六回と訪れてきたのに、まだまだ訪れたりない、行ってみたい場所が湧き出してくるというのは、幸せなことだと思う。
去年の旅のはじまりなんかは「今年も島根に来てみたけど、もう行きたいところは少なくなってくるんじゃないか」と少し不安を感じていたのが嘘のようだ。
もともと、島根県はずっと以前に日本一周した際にも「とても好きな土地のひとつ」と記憶しているくらい好印象だった。
それでもここまで「好き」が大きくなった要因はひとえに、「愛するちありさんの故郷だから」に尽きる。
ちありさんの生まれ育った場所が島根県の具体的にどこかは不明なため、量子の重ね合わせのごとく、「県内のすべての場所が、ちありさんの生まれ故郷であり思い出の(可能性がある)場所」であり「ちありさんとの物語の舞台」——つまり「母里の里」と捉えることができる。
だから、島根を旅するときは普段以上にアンテナを伸ばして、彼女の故郷を想像し、物語を描くためのピースを常に拾い集めてしまうのだ。
たとえば2018年に廃線となった路線を訪れたら、「もしかしたら高校の途中までこの電車で通学していたかもしれない」「最後の1年は両親に送迎して貰っていた?」「あるいは原付バイクで通学していたかも?」と色々な想像がふくらむ。
たとえばとある大きな動物園を訪れたら、「家族や友達と一緒に来たことがあったかもしれない」「一匹一匹の個体を見分けられるリリさんなら何倍も楽しいだろうな」とまたあれこれ想像する。
こういう想像というのは、考察ではなく思考遊び、あるいはアイデア出しに近い性質のものかもしれない。
気を張らずに脳がフラットなぶん普段の旅の2倍から5倍くらいの密度で思考もまわっているので、その積み重ねによって旅の大きな満足感、充足感の理由につながっているのだろう。
その結果自分にとって島根は「何度訪れても新しい発見や感動と出会えるいちばん面白い土地」、大好きな場所になったのだと思う。
余談だけど、こういう「補正」は岐阜での旅にもあって、これも理由は同じ。岐阜のあらゆる場所は「あの旅の中ちありさんが訪れていた可能性がある」。ただしあまりにも特殊過ぎて「ここは絶対ちありさんは来てないな」と自分自身が感じる場所の場合は無意識が除外している…気がする。


・
・
・
まとめると、今回は島根県外の比率が旅の三分の一以上、9日間の日程中3日半にも及んだ。
このおかげで、道中「島根県内を全然巡り足りないなぁ」という思いがつきまとってしまったのが今回の誤算だ。
来年の島根旅では、もっとたくさん島根を巡るため、県外のスポットを訪れるのは一日か二日程度に留めようと思う。
次回以降の記事では、この旅の様子を数回に分けてもう少し詳しくまとめていく予定だ。

コメント